仕事における「挑戦」を考える―
着実に攻めるためのリスクマネジメント
仕事における「挑戦」を考える―
着実に攻めるためのリスクマネジメント
1. 「やってみよう」の横から「確認しましたか」と言ってしまう
最近、人事やキャリアに関する記事を見ていると、転職や副業を前向きに取り上げるものが増えたように感じます。転職によって年収が上がった、副業を始めたことで新しい可能性が広がった、会社だけに依存しない働き方を考えよう、といった言葉が並び、そこには働き方の自由や、自分の人生を自分で選んでいこうとする前向きな雰囲気があります。
私自身、こうした考え方を否定したいとは思いません。新しい環境に移ることで初めて気付く自分の強みもありますし、副業を通じて本業では得られない経験を積むこともできます。今の会社や仕事が自分に合わないのであれば、転職という選択肢を考えることは自然なことです。これまで身につけてきた能力を別の場所で試してみることにも、大きな意味があります。新しいことに挑戦すること自体は、非常に前向きなことです。
ところが、株式会社ENNAとして同じテーマについて考えようとすると、私はどうしても少し違った見方をしてしまいます。私たちの仕事が、リスクマネジメントだからです。
たとえば副業について考えてみても、「副業には新しい可能性があります」「興味があるのであれば挑戦してみましょう」と書くだけでは終われません。勤務先の就業規則では副業が認められているのか、競業や利益相反に該当する可能性はないのか、勤務先で知った情報やノウハウを副業先で使ってしまうことはないのかといったことが、どうしても気になります。
さらに、副業先との契約条件は明確なのか、報酬や成果物の扱いはどうなっているのか、相手は本当に信用できるのかということも確認したくなります。「誰でも簡単に稼げる」「空いた時間だけで収入が増える」といった説明を目にすれば、その話をそのまま信じてよいのか、その情報は誰が、どのような目的で発信しているのかという点まで気になってきます。
転職についても同じです。求人票に書かれた年収だけを見て判断していないか。転職エージェントから紹介されたというだけで安心していないか。職務内容や勤務条件、評価制度、会社の業績や将来性まで確認したのか。さらに考えていくと、「本当に今、転職する必要があるのだろうか」というところまで行き着きます。
こうして考えてみると、実に夢がありません。新しいことを始めようとしている人の横から、「これは確認しましたか」「こんな問題が起きる可能性もあります」と次々に声を掛けているようなものです。世の中には、人の背中を押す仕事があります。「もっと挑戦してみよう」「新しい可能性があります」と伝え、一歩を踏み出すきっかけをつくる仕事です。それに対して、私たちの仕事は、ともすると「一度確認しましょう」「少し慎重に考えましょう」と伝える役割に見えてしまいます。そのため、ときどき考えます。これは本当に、夢を壊す仕事なのだろうかと。
しかし、問題はリスクを見ることそのものではありません。リスクを見つけた結果、「だからやめましょう」で思考を止めてしまうことにあります。
何か問題が起きる可能性があるのであれば、それを避ける方法はないか。完全に避けることができないのであれば、その可能性や影響を小さくすることはできないか。さらに、うまくいかなかった場合にも立て直せるようにしておくことはできないか。そこまで考えていけば、リスクは「やめる理由」ではなく、「どうすればできるのかを考える材料」に変わります。
そして、この考え方は、仕事における「挑戦」という言葉の意味にも関係しているように思います。
挑戦というと、未知の世界へ思い切って飛び込むことや、失敗を恐れず一歩を踏み出すことを想像しがちです。しかし、十分に考えたうえで着実に前へ進むこともまた、挑戦であるはずです。むしろ、調べられること、試せること、確認できることが増えている現在では、そのような挑戦の仕方が、これまで以上に重要になっているのではないでしょうか。
2. リスクを考えることは、行動を制限することではない
リスクマネジメントという言葉には、どうしても慎重で堅い印象があります。企業の中でも、リスク管理、法務、情報セキュリティといった機能は、新しい取組に条件を付けたり、制約を設けたりする側として見られることがあります。新しいことを始めたい人と、それによって問題が起きないかを確認する人が向き合えば、前者が「進める側」、後者が「止める側」という構図になりやすいからです。
たとえば、新しいクラウドサービスを使いたいと考えたとします。業務が効率化され、これまで手作業で行っていた仕事を大幅に減らせるのであれば、利用する側としては早く導入したいでしょう。ところが、実際に利用しようとすれば、どのような情報を保存するのか、サービス事業者はその情報をどのように管理しているのか、利用者のアカウントをどのように管理するのかといった確認が必要になります。
こうした確認だけを見れば、新しい取組に余計な手続を加えているように見えるかもしれません。しかし、本来確認しているのは、そのサービスを使ってはいけない理由ではなく、どのような条件であれば使えるのかということです。
扱う情報の範囲を限定すれば利用できるかもしれません。重要度の低い業務から始めることもできます。最初は利用者を限定し、問題がないことを確認しながら対象を広げる方法もあります。
このように考えると、リスクへの対応は、単純に「危険だから利用しない」という判断だけではありません。何が問題になり得るのかを理解し、その問題を自分たちが扱える状態に変えることによって、利用できる範囲をつくることもできます。
私たちは、日常生活でも似たことをしています。旅行に行くとき、交通手段や宿泊先、天候を調べるのは、旅行をやめるためではありません。目的地にたどり着き、予定を楽しみ、無事に帰ってくるためです。準備することによって行動が制限されるのではなく、準備があるからこそ安心して行動できます。
仕事についても同じように考えることができます。重要なのは、最初から「どのようなリスクがあるか」だけを考えないことです。その前に「何を実現したいのか」を明確にする必要があります。目的が分かっていれば、リスクはその実現を妨げる要因として捉えることができます。そして、妨げとなる要因が分かれば、それを避ける方法や、影響を小さくする方法を検討することができます。
リスクを知ることによって、できることが減るのではありません。何が問題になるのかが分かることで、「この条件であればできる」と判断できるようになります。その意味で、リスクを考えることは行動を制限するためではなく、行動可能な範囲を明確にするためのものだと考えることができます。
さらにいえば、仕事における挑戦は、必ずしも大きな不確実性へ一度に飛び込むことを意味しません。何を実現したいのかを明確にし、どこまでなら進めるのかを確認しながら、実行可能な範囲を少しずつ広げていくことも挑戦です。慎重であることと、攻めることは反対ではありません。前へ進むために必要な確認を行いながら、着実に行動範囲を広げていく。そのような仕事の進め方もまた、積極的な挑戦といえるのではないかと思います。
3. 「やるか、やらないか」から、「どうやるか」へ
リスクを考える意味は、問題を防ぐことだけではありません。もう一つ重要なのは、選択肢を増やせることです。
私たちは何か新しいことを始めようとするとき、「やるか、やらないか」という二つの選択肢で考えてしまうことがあります。新しいシステムを導入するのか、しないのか。新しい事業を始めるのか、始めないのか。転職するのか、今の会社に残るのか。しかし、実際にはその二つの間に多くの選択肢があります。
たとえば、生成AIを業務に利用したいと考えた場合、情報漏えいの可能性があるから全面的に禁止するという判断もできますし、利便性を優先して自由に利用させるという判断もできます。しかし、それだけが選択肢ではありません。扱ってよい情報の範囲を決め、利用するサービスを限定し、まず一部の業務で試してから対象を広げる方法もあります。リスクを具体的に考えることによって、「使うか、使わないか」という二択だったものが、「どのような使い方ならできるのか」という検討に変わっていきます。
副業についても同じことがいえます。副業に可能性を感じたからといって、すぐに会社を辞めて独立する必要はありません。本業を続けながら、小さな仕事を引き受けてみることもできます。そこで、自分の知識や経験が会社の外でどの程度評価されるのか、仕事を継続して得られるのか、本業との両立が可能なのかを確認することができます。実際に試してみて、自分には向いていないと分かればやめることもできますし、想定以上に可能性があると分かれば、段階的に仕事を増やしていくこともできます。
このように考えると、リスクを考えることは、「挑戦するか、諦めるか」を決めるためのものではありません。どの程度から始めるのか、どこまでなら試せるのか、何を確認してから次の段階に進むのかを考えるためのものになります。そして、こうした仕事の進め方は、AIの普及によってさらに現実的なものになっています。
現在は、以前であれば相応の時間や費用をかけなければできなかった情報収集、比較、仮説の整理、アイデアの検討などを、AIの支援によって短時間で行える場面が増えています。もちろん、AIが示した情報が正しいとは限りませんし、その結果をそのまま判断の根拠にすることも適切ではありません。しかし、実行する前に検討できる範囲が広がったことは確かです。この変化は、仕事における挑戦のあり方にも影響します。
以前であれば、「やってみなければ分からない」として実行していたことの一部を、事前に調べたり、複数の案を比較したり、小さな形で試したりできるようになります。そうであるならば、十分に確認できることまで確認せずに飛び込むことを、積極性や挑戦と呼ぶ必要はありません。調べられることは調べ、考えられることは考え、試せることは試す。それでも残る不確実性については、自分たちがどこまで引き受けられるのかを判断し、そのうえで実行する。これは慎重になったのではなく、挑戦の精度を高めていると考えることができます。
何も考えずに大きな決断をすれば、成功か失敗かという大きな賭けになってしまいます。それに対して、起こり得る問題を考えながら進めれば、小さく始め、途中で確認し、必要に応じて方向を変えることができます。「やるか、やらないか」ではなく、「どうやるか」を考える。そこに、着実に攻めるという仕事の姿勢が表れてくるのだと思います。
4. 失敗しないことより、立て直し、次に生かせること
企業活動では、問題を起こさないことが重視されます。情報漏えいを防ぐ、システム障害を防ぐ、不正を防ぐ、事故を防ぐ。問題を未然に防ぐことが重要であることに異論はありません。しかし、リスクへの対応を「問題を起こさないための活動」だけで捉えると、現実との間にずれが生じます。どれほど準備しても、すべての問題を防ぐことはできないからです。
十分に確認して導入したシステムでも、障害が発生することがあります。信用調査をした取引先でも、その後に経営状態が悪化することがあります。十分な教育を受けた社員でも、ミスをすることがあります。将来起きることを完全に予測することはできませんし、すべての不確実性を取り除いてから仕事を始めることもできません。AIを利用して事前の調査や検討を充実させたとしても、この点は変わりません。むしろ、事前に確認できる範囲が広がったからこそ、それでもなお実行してみなければ分からないことが何なのかを、以前より明確に意識できるようになるとも考えられます。
そうであるならば、問題を起こさないという考え方に加えて、問題が起きても立て直せる状態をつくることが必要になります。
システムの変更であれば、十分なテストを行うと同時に、問題が発生した場合に元の状態へ戻す方法を準備しておくことができます。これは失敗を前提にしているわけではありません。失敗の可能性が完全にはなくならないことを認識したうえで、その影響を扱える範囲に抑えようとしているのです。
この考え方は、事業にも個人のキャリアにも当てはまります。副業を始める場合、最初から多額の資金を投入せず、現在持っている設備や知識で始めれば、思ったほど仕事が得られなかったとしても、影響を限定できます。本業を続けながら試すのであれば、収入や生活への影響も小さくできます。
人が新しいことをためらう理由は、失敗そのものだけではありません。失敗したあとに取り返しがつかなくなることへの不安が、行動を難しくしている場合があります。そうであるならば、取り返しがつく状態をつくることが有効です。
一度にすべてを変えない。投資する金額を限定する。一定期間試してみる。問題が起きた場合に元の状態へ戻る方法を用意する。こうした工夫によって失敗した場合の影響を小さくできれば、挑戦そのもののハードルも下がります。
しかし、ここで考えておきたいのは、失敗したあとに元へ戻ることだけが目的ではないということです。
実際に何かを行った結果、想定どおりにならなかったのであれば、そこには事前の検討では得られなかった情報があります。なぜ想定と違ったのか。事前に確認できたことはなかったのか。どの判断が適切で、どの判断を変える必要があるのか。次に同じような取組をするときには、何を準備すればよいのか。こうしたことを整理すれば、一度の失敗を、次の失敗の可能性や影響を小さくするための材料に変えることができます。
失敗しても、ただでは起き上がらないということです。起きてしまった事象を単なる損失として終わらせるのではなく、そこから得られる情報を次の判断に反映する。そうすれば、経験を重ねるほど、より適切にリスクを取れるようになります。
成功する自信があるから挑戦するのではなく、うまくいかなかった場合にも立て直すことができ、さらにその経験を次に生かせるから挑戦できる。そうした循環をつくることができれば、失敗は挑戦を終わらせる出来事ではなく、次の挑戦の精度を高める材料になります。
5. 日常の仕事の中に、すでにあるもの
リスクマネジメントという言葉を使うと、何か特別な分析や仕組みを想像するかもしれません。しかし、その基本的な考え方は、普段の仕事の中にもすでに存在しています。
たとえば、ある重要な業務を一人の担当者だけが詳しく知っている状態を考えてみます。その人が毎日勤務している間は問題なく仕事が進みますが、突然長期間休むことになれば、業務が止まる可能性があります。このとき、担当者が休む確率を精密に計算しなくても、担当者がいなければ困るということには気付くことができます。そのため、最低限の手順を共有したり、他の人でも対応できるようにしたりするでしょう。
重要な資料を提出するときに途中で確認してもらうことや、データを変更する前にバックアップを取ることも同じです。予定どおりに進まなかった場合に困らないよう、少しだけ先のことを考えて準備しています。こうした行動を、毎回リスクマネジメントと呼んでいるわけではありません。しかし、その考え方は明らかに共通しています。物事が予定どおりに進むことだけを前提にせず、何かが起きる可能性を考え、その場合に困ることをあらかじめ減らしておく。つまり、リスクについて考えることは、私たちが新たに身につけなければならない特殊な行動ではありません。程度の差はあっても、すでに日常的に行っているものです。
さらに、この考え方を意識することには、問題を防ぐ以上の意味があります。何が起きるか分からない状態では、未知のものは漠然とした不安になります。しかし、何が問題になり得るのかを具体的に捉えることができれば、その不安は対応可能な課題に変わります。
たとえば、新しい仕事を任されたときに、「経験がないから不安だ」という状態のままでは、何をすればよいのか分かりません。しかし、期限に間に合わない可能性がある、必要な知識が不足している、途中で確認する相手がいない、といった形で不安を分解できれば、それぞれに対して準備することができます。
ここでも、AIをはじめとする新しい道具は有効です。分からないことを整理し、論点を洗い出し、考えられる選択肢を比較するための補助として利用することで、漠然とした不安を具体的な課題へ変えやすくなります。ただし、AIを使えばリスクがなくなるわけではありません。出力された情報が正しいかを確認する必要がありますし、前提条件が違えば結論も変わります。むしろ、AIを利用すること自体にも、新たな確認や判断が必要になります。
この点も含めて、仕事における基本は変わらないのだと思います。自分が何をしようとしているのかを理解し、何が妨げになるのかを考え、必要な情報を集め、判断する。そして、実行した結果を次の判断に反映する。道具が進化することによって、この一連の作業をより速く、より広く行えるようになります。しかし、何を目指し、どのリスクを引き受けるのかを決めるのは、仕事をする側です。
リスクを考えることは、不安を増やすことではありません。漠然とした不安を具体的に扱える課題へ変え、自分たちが前へ進める範囲を広げることでもあります。
6. リスクマネジメントを、仕事の後ろに置かない
企業の中では、新しい企画やサービスについてある程度検討が進んだあとに、法務、情報セキュリティ、リスク管理などの観点から確認が行われることがあります。企画の方向性が決まり、利用するサービスも選ばれ、予算の見通しも立ち、いよいよ実行しようという段階になってから問題がないかを確認するわけです。
この進め方そのものが間違っているわけではありません。しかし、リスクについて考えることを最後の確認作業として位置づけてしまうと、問題が見つかったときの影響が大きくなります。
すでに多くの人が時間を使い、計画を組み立て、実施に向けて動き始めている段階で問題が見つかれば、企画を修正したり、サービスを選び直したりしなければなりません。場合によっては、それまで積み重ねてきた検討を大きくやり直すことになります。その結果、「リスクを確認したために仕事が止まった」という印象が生まれます。
しかし、本来は、仕事がほぼ完成したあとに、できるかできないかを判定するためだけにリスクを見る必要はありません。何を実現したいのかを考える段階から、その実現方法を組み立てるために使う方が合理的です。
新しいクラウドサービスを導入したいのであれば、サービスを決めたあとで安全性を確認するのではなく、選定の段階から、どのような情報を扱うのか、どの程度の可用性が必要なのか、利用できなくなった場合に業務へどの程度影響するのかといったことを考えておきます。そうすれば、自分たちに必要な条件を満たすサービスを選ぶことができます。仮にすべての条件を満たすものがなかったとしても、扱う情報を限定したり、別の手段を組み合わせたりすることで、目的を実現できる方法を検討することができます。
新しい取引でも同じです。契約書が完成したあとに問題を探すのではなく、取引の仕組みを考える段階から、支払条件や責任分担、情報管理、取引先の信用などを考慮しておけば、それらを前提に取引条件を組み立てることができます。
そして、AIによって調査や比較、仮説の検討に要する負担が小さくなっていけば、このような事前検討を仕事の中へ組み込むことは、これまで以上に容易になります。以前であれば、時間がない、情報を集めるのに手間がかかる、複数案を比較する余裕がないという理由で、経験や直感に頼って決めざるを得なかった場面もありました。これからは、少なくとも検討の材料を増やすことについては、技術による支援を受けやすくなります。
だからこそ、挑戦の意味も変わってくるのだと思います。十分に調べられることを調べずに決断することや、検証できることを検証せずに実行することを、果敢な挑戦と評価する必要はありません。利用できる情報や道具を使い、起こり得ることを考え、それでも残る不確実性を引き受けながら前へ進む方が、仕事としては合理的です。
ここで重要なのは、リスクについて考えることを、本来の仕事に追加される作業と捉えないことです。企画を立てることが本来の仕事で、その後に別途リスク確認があるのではなく、企画を実現可能なものにしていく過程そのものに、起こり得る問題を考える作業が含まれていると捉える方が自然です。
そうすると、その役割も変わります。「この方法ではできない」と結論づけるのではなく、「この方法では難しいのであれば、どのような方法なら実現できるのか」を考えることができます。リスクを確認することが、否定ではなく設計の一部になります。そして、この設計を繰り返しながら前へ進むことこそ、着実に攻めるという仕事の進め方なのだと思います。
7. 何もしないことにも、リスクはある
リスクについて考えるとき、私たちはどうしても「何かをした結果、何が起きるのか」に目を向けます。新しい事業を始めれば失敗するかもしれない、新しいシステムを導入すれば障害が起きるかもしれない、転職すれば新しい職場が自分に合わないかもしれない。何かを変えようとすると、そこには必ず不確実性が生まれるため、こうした見方自体は自然なものです。しかし、ここで見落としやすいのが、「変えない」という選択にも不確実性があるということです。
たとえば、長く使ってきたシステムをそのまま使い続けるという判断があります。新しいシステムに切り替えなければ、移行作業に伴う障害や混乱は起きません。その意味では、何もしない方が安全に見えます。ところが、時間がたつにつれて保守できる人が少なくなり、製品のサポートが終了し、セキュリティ上の問題が増えていけば、使い続けること自体が別のリスクになります。
これは事業でも、個人のキャリアでも同じです。何かを変えると、新しいリスクが生まれます。一方で、何も変えなければ、現在抱えているリスクや、環境の変化によって生じる新たなリスクを引き受けることになります。
転職しなければ、新しい職場に適応できないというリスクは生まれません。しかし、現在の環境に留まり続けることによって、得られる経験が限られたり、自分の能力が市場の変化についていけなくなったりする可能性はあります。
だからといって、転職した方がよいということではありません。重要なのは、「転職することにはリスクがあり、転職しないことにはリスクがない」という構図ではないということです。どちらを選んでも、それぞれ異なる不確実性があります。その違いを理解したうえで、自分がどちらを選ぶのかを考える必要があります。
これは、AIが急速に普及していく仕事環境において、より重要な問題になるかもしれません。新しい技術を利用することには当然リスクがあります。しかし、リスクがあるからという理由だけで利用しないことにも、業務効率や競争力、そこで働く人の経験という面で別のリスクが生じる可能性があります。一方で、周囲が使い始めているからという理由だけで、十分な検討をせずに導入することも適切ではありません。ここでも、「使うか、使わないか」という二択ではなく、自分たちは何のために使うのか、どの範囲で使うのか、何を確認しながら広げていくのかという判断が必要になります。
そう考えると、「リスクを取るか、取らないか」という問いそのものが少し違って見えてきます。私たちは、リスクのある選択とリスクのない選択の間で迷っているわけではありません。それぞれ異なるリスクを持つ複数の選択肢の中から、どれを選ぶのかを決めています。
したがって、危険を減らすことだけを考えても答えは出ません。何を実現したいのか、そのためにどの程度の不確実性なら受け入れられるのか、反対に何もしないことによって何を失う可能性があるのかを、一緒に考える必要があります。
ここでも、最初に「何をやりたいのか」が重要になります。目的が分からなければ、どのリスクを受け入れる価値があるのかを判断できないからです。
リスクを減らすことだけを目標にすれば、何もしないことが最も安全に見える場合があります。しかし、企業も人も、環境の変化から離れて存在することはできません。市場は変わり、技術は変わり、働き方も変わります。変わらないという選択は、現状を維持する選択ではあっても、リスクをなくす選択ではありません。
だからこそ、着実に攻めることが必要になります。大きく飛び込むことだけが挑戦なのではなく、変化を見ながら必要な情報を集め、試し、修正し、自分たちが引き受けられる範囲を広げながら前へ進む。その積み重ねもまた、仕事における挑戦です。
8. 着実に攻めるということ
ここまで考えてくると、仕事における挑戦を、単に「失敗を恐れず一歩を踏み出すこと」と捉えるだけでは十分ではないように思います。
私たちは、普段の仕事や生活の中で、状況を確認し、必要な準備を行い、そのうえで行動するかどうかを判断しています。重要な仕事では途中で確認を行い、大きな判断をするときには条件を調べ、問題が起きそうであれば事前に備えます。こうした行動をリスクマネジメントと意識していなくても、予定どおりに進まなかった場合を考えながら判断していることに変わりはありません。その意味では、私たちはすでに日常的にリスクへの感覚を持っています。
それにもかかわらず、ときとして普段であれば気付くはずのことを見落とすことがあります。その一つが、目の前に大きな可能性を感じたときです。
転職によって年収が上がるかもしれない。副業によって新しい収入や経験を得られるかもしれない。新しい技術によって、これまでできなかった仕事ができるようになるかもしれない。こうした期待を持つことは、新しい行動を生み出すうえで重要です。将来が現在より良くなる可能性を感じるからこそ、人は今の状態を変えようとします。
一方で、期待が大きくなるほど、判断の重心が将来得られるものへ傾くことがあります。普段であれば確認する条件を十分に確認しなかったり、相手から示された情報を自分にとって都合のよい方向に受け取ったり、期待した結果が得られなかった場合について十分に考えなかったりすることがあります。
ここで問題なのは、リスクに関する知識がないことではありません。普段は持っているはずの判断の感覚が、期待によって一時的に弱くなることです。
だからこそ、新しい可能性に強く魅力を感じたときに必要なのは、期待を抑えることではなく、自分が普段どのように判断しているのかを一度取り戻すことだと思います。
通常であれば確認することを、今回は確認しているだろうか。得られるものだけではなく、期待した結果が得られなかった場合についても考えているだろうか。そのときに生じる影響は、自分が受け入れられる範囲なのだろうか。
こうした問いを持つことは、挑戦に対して否定的になることではありません。問題が見つからなければ、そのまま進めばよいでしょう。何か気になることがあれば、それを確認したうえで進めばよい。影響が大きすぎるのであれば、一度にすべてを変えるのではなく、小さく始める方法を考えることもできます。
重要なのは、そこで見つかったリスクを、直ちに「やらない理由」としないことです。むしろ、「この問題があるのであれば、どうすれば実現できるのか」と考えることに意味があります。
そして現在は、このような考え方を実践するための環境そのものが変わりつつあります。
AIの普及によって、情報を集め、複数の案を比較し、考えられる問題を洗い出し、仮説を検討するために必要な時間や負担は、以前より小さくなっています。AIの回答そのものを検証する必要はありますが、少なくとも「考えるための材料」を得る手段は大きく増えました。
そうであるならば、これからの仕事における挑戦は、十分な情報がないまま思い切って飛び込むことだけではないはずです。
調べられることは調べる。想定できることは想定する。試せることは小さく試す。そこで得られた結果を確認し、必要であれば方法を変える。それでも残る不確実性について、自分たちが引き受けられるものなのかを判断したうえで前へ進む。私は、これを「着実に攻める」ということだと考えています。
着実であることは、慎重になって動かないことではありません。攻めることは、無謀に飛び込むことでもありません。前向きに、何を実現できるのかを見る。同時に、後ろ向きに、何が起きる可能性があるのかを見る。その両方を持ちながら、自分たちが進める方法を考えていく。
そして、どれほど準備しても、すべてが想定どおりに進むわけではありません。失敗することもあります。
そのときに重要なのは、失敗したという事実だけを見ることではなく、そこから何を得られるかを考えることです。なぜうまくいかなかったのか、どこまでの判断は正しかったのか、次に同じことをするときには何を変えるのかを整理することによって、その経験を次の判断に生かすことができます。
失敗しても、ただでは起き上がらない。起きた事象をできる限り次の判断の材料へ変え、同じ失敗が起きる可能性や、その影響を少しずつ小さくしていく。その結果として、以前よりも大きな不確実性を扱えるようになり、できることの範囲が広がっていきます。
この循環まで含めて考えれば、リスクを意識することと挑戦することは、決して対立するものではありません。むしろ、リスクを扱えるようになることによって、挑戦できる範囲が広がります。
冒頭では、夢を壊すのがリスクマネジメントの仕事なのだろうか、という疑問を示しました。しかし、ここまでの考察を踏まえると、その役割は夢や希望を抑えることではなく、それらを現実の仕事として成立させるための条件を考えることにあると捉えることができます。
そして、その考え方は、特別な場面だけで必要になるものではありません。企画を考えるとき、新しい技術を使うとき、取引を始めるとき、仕事の進め方を変えるとき、あるいは自分自身の働き方を考えるときにも、何を実現したいのかと、何がそれを妨げる可能性があるのかを同時に見ることができます。
前向きな視点だけでもなく、後ろ向きな視点だけでもない。両方を同時に持ちながら、必要な情報を集め、備え、実行し、結果から学び、次の判断へつなげていく。そうすることで、挑戦は一度の大きな決断ではなく、経験を重ねながら実現可能性を高めていく継続的な仕事になります。
AIをはじめとする道具によって、事前に考えられること、確認できること、試せることは、これからさらに増えていくでしょう。だからこそ、仕事における挑戦の価値は、勢いよく飛び出すことだけではなくなっていくのだと思います。
調べ、考え、備え、それでも残る不確実性を引き受けて実行する。そして、結果が想定と違えば、そこから得たものを次へ生かす。そのように着実に攻め続けることもまた、これからの仕事における「挑戦」の一つの姿ではないでしょうか。
リスクマネジメントは、その挑戦を止めるためにあるのではありません。着実に攻め続けるために、仕事の中で使うものなのだと思います。
初版:2026年8月15日
執筆:株式会社ENNA 代表取締役
編集・構成協力:ChatGPT
掲載:株式会社ENNA コラム